bell3.blog.eonet.jp > 海住山寺 と 恭仁宮址

加茂町は町の中央(東西)を横切る形で木津川が流れています。このあたりは昔は、木津川南部地区の加茂郷と当尾郷、北部地区の瓶原(みかのはら)郷、と区分されていました。南部の加茂や当尾については、今迄にも取り上げてきましたが、今回は木津川北部・瓶原の登場です。聖武天皇の時代、都が平城京からここ瓶原に遷され、「恭仁京(くにきょう)」と呼ばれました。遷都の少し前に、大極殿の真北に当たる三上山(海住山)中腹にも、聖武天皇の勅願により「海住山寺(かいじゅうせんじ)」が建てられました。海住山寺は南部地区の浄瑠璃寺・岩船寺と並んで、加茂町の三大観光寺院の一つでもあります。

K00 海住山寺への参道
K01 参道途中からの遠望
K02 楼門
K03 山門
K04 鐘楼
K05 文殊堂(重要文化財)
K06 文殊堂
K07a 本堂
K07b 本尊・十一面観音立像(重要文化財)他
K08 なで仏・賓頭盧様
K09 五重塔(国宝)
K10 五重塔・裳階
K11 五重塔(国宝)
K12 岩風呂
K13a 狛犬
K13b 狛犬
K14 本坊
K15 本坊・庭園
K16 一町石
K17 海住山寺からの下り山道
K18 加茂神社
K19 デ・レーケ堰堤
K20 大井手用水・千本杭
K21 大井手用水
K22 恭仁神社
K23 心光庵跡
K24 恭仁神社
K25 鶯瀧寺
K26 鶯瀧寺・延命地蔵
K27 鶯瀧寺・薬師如来
K28 河原・恵美須神社
K29 河原・恵美須神社
K30 恭仁橋旧跡石碑
K31 朱雀の井戸
K32 恭仁宮・大極殿跡
K33 大極殿・北西角の礎石
K34 山城国分寺・七重塔跡
K35 山城国分寺・七重塔跡礎石群
K36 恭仁小学校
K37a 恭仁宮・復元模型
K37b 恭仁小学校と大極殿
K38 木津川と恭仁大橋
K39a 恭仁大橋北詰
K39b 大伴家持の歌碑(恭仁大橋北岸)
K40a 恭仁大橋南詰
K40b 中納言兼輔の歌碑(恭仁大橋南岸)
K41 木津川南岸より北岸を望む