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カテゴリ「ウォーク⑤ふるさと案内かも」の15件の記事 Feed

2016年2月25日 (木)

加茂から東大寺へ歩く

★ふるさと散歩・かも 「伊賀街道を奈良東大寺へ」 2/13

 伊賀街道は、古くは「伊賀越奈良道」と云われ、奈良から、加茂・笠置・島ヶ原を経て、伊賀上野へ出て、橡(とち)の木峠(長野峠)を越えて、津へと続く街道でした(津で伊勢街道に接続し尾張や伊勢へ続く)。東海道のような主要街道ではありませんでしたが、明治の廃藩置県になるまでは、当地など京都府の一部(南山城地区)は藤堂藩の領地でしたので、藤堂藩にとっては重要な藩道でした。「伊賀越奈良道」の奈良側の起点・奈良市雑司町(東大寺の北)から加茂へ向かうルートは、奈良・青山から木津・梅谷を通るルートの他にも、奈良・青山から中ノ川の中川寺(廃寺)跡を経て当尾の浄瑠璃寺近くに出て加茂に下りる「中川越」と呼ばれる支線ルートなどもありました。また、加茂へは出ずに、奈良から中川・鳴川・狭川を経て直接 笠置に出て伊賀街道へ入る、いわゆる「笠置街道」もありました。昔の面影が推察できる明治中期の地図を見ていると、現在には存在しない、いろいろな道が描かれていて、地元の人や旅人は多様な道を歩いていたようで、興味はつきません。今回は加茂から木津・梅谷を経て、奈良・青山に出て、東大寺まで歩くオーソドックスな「伊賀伊勢道」を歩きました。

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 9時15分、JR加茂駅東口に集合。受付・準備体操・コース説明の後スタートです。

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2016年1月17日 (日)

加茂の寺社を巡る ~ 井平尾・銭司

★ふるさと散歩・加茂1月例会 「井平尾から銭司を訪ねる」 1/9

 今年の新春初歩きでは、木津川市加茂町の木津川南域の当尾地区や加茂地区を巡りましたが、木津川北域の瓶原(みかのはら)地区や銭司(ぜず)地区などは未訪問でした。今回は当地の団体が主催する「ふるさと散歩・加茂」の企画に参加して、井平尾(いびらお)や銭司を訪ねました。奈良のブロ友さんやウォーク友達なども参加されていて、一緒に歩きました。銭司地区の正月訪問は3年ぶりでした。

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 JR加茂駅西口に集合。9時20分スタート、木津川の恭仁(くに)大橋を渡り、右岸(北部)に向かいます。正面の山は大野山で、左岸(南部)が加茂・奈良方面です。

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2015年7月20日 (月)

灯明寺山 を巡る 

★ふるさと案内・かも 7月例会 「灯明寺山を巡る」 7/10

 久しぶりに地元のウォークに参加に、灯明寺山に登りました。昔は何度か登ったのですが、直近で登った月日を記録で調べてみたら、もう5年も前のことでした。自分では2-3年前だったかな?なんて漠然と思っていたのですが、月日が去るのが早過ぎたのか、ボケるのが早過ぎたのか、なんとも複雑な気持ちです。

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 朝9時15分にJR加茂駅東口に集合。灯明寺山頂上を経て、山麓を一周して、加茂駅まで戻ってくるコースです。所要は3時間強、お昼の12時半頃には解散予定の半日コースです。コース途中にある 草ケ山古墳 です。当地・加茂町には30前後の古墳がありますが、その中の一つです。

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2015年5月 1日 (金)

トカゲ(蜥蜴) の ケンカ

 突然ですが、関西のベテラン漫才師、大木こだま・ひびきさん、ご存知ですか。こんな感じの漫才です。
●こだま(K)「よ~見たら、ゴムひもやったんや~」 ひびき(H)「そんなもん、よ~見なわからへんのかいな?」 k「わからへんにゃ~」 H「ボケとったん?」 K「ボケとんにゃ~」 H「情けないなあ」 K「情けないにゃ~」 H「(ちょっと間をあけてから)お前、何言うてんねん?」 K「わからへんにゃ~」
●H「ハハア、金(かね)に物言わしたんやなぁ!」 K「金は物言えへんやろ~。金が物言うたら、うるそうて、しゃあないがな~」 と突っ込みかえした
あと 「なんや、この銀行、えらい騒がしいでんな~」「すんまへんな~、金が物言うてまんねん~」
●H「まるで夢みたいな話やなぁ」 K「夢やがな~」
 こだまのボケに、ひびきがツッコミ、更にこだまがボケでつっこみ返すというパターンですね。
●K「△△ が ×× した話あんねんけど、聞くゥ?」と、突然話題を変える展開が又面白い。

 ということで、単に、最後の台詞を私も使ってみたくて、ここまで引っ張ってしまいました。
トカゲ が ケンカ した話、あんねんけど、聞くゥ?」 → トカゲなんか興味なし・大嫌いやと云う人は、ここで終わり。聞いてみてもいいかと思う人は「続きを読む」へ。

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2015年1月17日 (土)

恭仁京跡ウォーク と 地域の十日戎を見物

 飛鳥ウォーキングが終わって、古代飛鳥の余韻に浸っていたら、一昨日(1/15)夕方に、明日香村・小山田遺跡で巨大な石溝が発見され、飛鳥時代最大級の古墳の濠である可能性が高いと云う、ニュースが流れてきました。現場は、甘樫丘の南、板蓋宮跡の西1kmのところで、古墳とすれば、石舞台古墳よりも大規模だそうで、舒明天皇あるいは蘇我蝦夷(えみし)の墓であるかも、と報じられています。舒明か蝦夷か、それとも別人か、大変興味を抱かさせる報道で、今後の進展を見守りたいものです。個人的には、墳丘の痕跡が検出されていないのが最も気になります。墳丘は造成される前であったのか、あるいは造成後早々と壊されてしまったのかもしれません。蘇我親子は権力絶大の頃に、自分たちの墓を作っていたそうです。入鹿が暗殺されたあと、蝦夷も邸宅に火をかけて自害してしまい、蝦夷の墓として使われる前に取り壊されてしまった可能性があります。蝦夷と入鹿の墓はいまだに確定していませんし、祖父・蘇我馬子の墓と云われる石舞台古墳は、乙巳の変の後に、中大兄皇子たちの手で墳丘の土砂が削り取られてしまったと言われるほど、徹底的に蘇我氏の遺物は排除されたようですから、この新しく発見された遺跡は蝦夷の関連物ではないかと思えてなりません。更に、全く奇想天外な発想をすれば、これだけの大規模な墓ですから、それに該当する大人物、例えば推古天皇とか、聖徳太子のために用意されつつあった古墳ではなかったか、両者とも別の理由等で飛鳥とは違う場所に埋葬されてしまいましたので、不要となり取り壊されたと考えるのは、飛躍し過ぎでしょうか(本題とは関連のない前置きになり、すみません)。

★ふるさと案内・かも 「河原恵美須神社の十日えびすで福を授かりましょう」 1/10

 さて、何年ぶりかで、地元・加茂のNPO法人「ふるさと案内・かも」が主催する月例ウォーク会に出席しました。今回は1/10ということで、初戎の日と重なりました。普段は無人の河原・恵美須神社でも、今日だけは地元の人たちの恵美須祭りが行われ、福笹も販売されるそうで、ウォークの最後にはそれを見物するそうです。

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 9時15分。JR加茂駅西口に集合、受付のあと、木津川の恭仁(くに)大橋を渡ります。恭仁大橋の南岸に建つ歌碑です。
”みかのはら わきて流るる泉川 いつみきとてか 恋しかるらん”  中納言兼輔(百人一首)
 みかのはらは「甕原」とか「瓶原」、あるいは「美加ノ原」と表記し、加茂町の木津川より北部地区の恭仁京があった周辺地域をさす地名で、泉川は木津川の古名です。

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2013年12月22日 (日)

その他のウォーキング記録 (2013下期・7~12月①) 

 今年もあと10日程となりました。2013年度7月から12月の期間に、私が参加したイベント・ウォーキング(個人的なウォークは除く)のなかで、個別にブログ記事で紹介できなかったウォークを、記録のために整理してみました。

★近鉄フリーハイク(個人ウォークに変更)「平野町ぐるみ博物館巡り」 8/25

 1年に1日だけ、公開される博物館があります。大阪市平野区にある大念仏寺というお寺の幽霊博物館です。8月の第4日曜日のみ公開で、まさに残暑にピッタリの企画なのですが‥

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 当日は朝から生憎の雨。JRで大阪・天王寺に出て、近鉄・南大阪線に乗り換える時に見上げた、高さ300mの日本一のビルディング・近鉄あべのハルカスです。今年の6月に地下などは一部開業しましたが、来春3月7日に全館オープンとなります。

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2013年7月23日 (火)

その他のウォーキング記録 (2013上期・1~6月) 

 2013年度1月から6月の期間に、私が参加したイベント・ウォーキング(個人ウォークは除く)のなかで、個別のブログ記事で紹介できなかったウォークを、整理しておきます。

★ふるさと案内かも「冬景色の恭仁京東北道を茶源郷和束へ」 2/9

冬場のウォーキングは、運動不足気味の身体を甘やかさぬように動かすことが主たる目的です。沿道には特に見るべき植物も殆どなく、ひたすらタンタンと歩くことに尽きます。

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 友人達と待合せて、JR加茂駅で受付のあとスタートです。木津川を渡り、恭仁京・大極殿で小休止です。聖武天皇や恭仁京の説明がありましたが、もう耳にタコが出来るくらい聞いていますので、私たちはウシロでゆっくりと休憩です。

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2013年1月17日 (木)

加茂散策~井平尾・銭司(ぜず)遺跡を訪ねる

 加茂町を横切る木津川の北部地区はかつては「瓶原郷」と云われていましたが、一般的には、それは木津川に流れ込む和束川より西の地区を指していて、和束川の東部地区が含まれていたのかどうか疑問です。昔の地図には「銭司(ぜず)」とこのあたりの地名が一言記されているだけです。現在も木津川市や加茂町の観光資料を見ても、この地区の説明がないものが多々見受けられます。しかし、この銭司と云う地名からも推察されますように、ここは日本最初の貨幣「和同開珎(わどうかいちん)」が鋳造されていた、日本の歴史を語るとき忘れてはならない所なのです。

★ふるさと案内かも 「井平尾から銭司を訪ねる」 1/12

 ウォーキングのスタート前に、ある人が「先日TVを見ていたら、栃木県の某所の紹介があり、和同開珎を造っていた、と言っていたのでビックリした。銅は産出していたが鋳銭していた事実はない。市も町もこの銭司の紹介を積極的にしないと、そのうち和同開珎の製造は他所に持っていかれてしまいかねない」と憤慨されていました。私も冒頭で述べましたように、浄瑠璃寺や恭仁京等の紹介は必ず見られても、この銭司についてのPRは置きざれにされている感を深くしています。

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 木津川の恭仁大橋を渡り、井平尾地区に入る手前に「加茂ステンショ 十五丁」と記された石標が建っています。駅がステンショと書かれているところに明治の面影が偲ばれます。

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2012年11月12日 (月)

笠置山に紅葉を訪ねて

 恒例の加茂駅からお隣の笠置駅まで伊賀街道を歩くイベント・ハイキングが行われました。お昼過ぎには笠置に到着し、ハイキング自体はそこで現地解散となりました。その後、オプション・ハイクとして希望者(有志)のみで、笠置山に登り 「笠置寺拝観とモミジ観賞」 に再出発することになりました。「イベント・ハイク」及び「笠置寺」自体の紹介については改めてすることにして、今が丁度見頃だった笠置山の紅葉をご紹介いたします。

★笠置山の紅葉(モミジ)を見る 11/10

 大半のウォーキング参加者は解散と同時に帰ってしまい、笠置山へは残った10数名だけで行くことになりました。

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 笠置山へのゲートです。正面の左手は自動車道で、私達は正面右手から急坂の続く登山道を登ります。

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2012年10月20日 (土)

ウォーキング記録 (2012 その3)

 2012年度9月~10月の期間に、私が参加したイベント・ウォーキングのなかで個々のブログ記事に紹介できなかったウォーク(個人ウォークは除く)を、取りまとめてみました。

★相楽健康ウォーク「京都府サイクリングロード(久世橋~渡月橋)」 9/7

 京都府サイクリングロード(正しくは府道京都八幡木津自転車道線)のうち、京都市南区の久世橋から桂川上流沿いに嵐山・渡月橋までを歩きます。JR東海道線「桂川駅」に集合し、スタートです。

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 久世橋を渡ってすぐ下の堤防の道が京都府サイクリングロードです。北は京都市西京区・嵐山渡月橋から南は京都府木津川市・泉大橋まで総延長45kmの自転車専用道路です。更に泉大橋から奈良県の奈良まほろばサイクリング道(略称:ならクル)に繋げると、京都・嵐山から奈良・飛鳥まで実に90kmのサイクリングが楽しめる、日本有数の自転車道です。今日はその道をウォーキングしながら嵐山に向かって歩きます。

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2012年8月10日 (金)

ウォーキング記録 (2012 その2)

 2012年度5月~8月の期間に、個人ウォークは除き、私が参加したイベント・ウォーキングのなかでブログ記事に紹介できなかったウォークだけを取りまとめてみました。

★相楽健康ウォーク「牛松山登山」 6/1

 「丹波富士」と呼ばれる牛松山(京都府亀岡市)登山に参加しました。各自、JRや近鉄で京都駅に集まり、JR山陰本線(嵯峨野線)の快速電車に乗り換え、亀岡で下車です。

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 保津川にかかる保津橋です。この橋の左手が嵐山へ向かう保津峡下りの観光遊覧船の乗船場です。橋の正面左手には今から登る牛松山が見えます。今日は山の右裾から登り、山頂を経て、左裾に下りてくるコースです。
 福性寺横の登山口から登ります。山道から景色を楽しむ所は殆どなく、単調な登りとなりますので、(登山口から丁石が設置されていたので)丁石に出会うたびに1丁、2丁、3丁と心の中で数えながら登っていたのですが、9丁を過ぎて「ヤレヤレ、もうあと少しや」と思っていたら、山頂でもないのに10丁の丁石出現です。「エッ10丁で終りと違うの? 一体何丁まであるんやろ」と一気に疲れが増してきました。アトでわかったのですが全部で18丁までありました。10丁はまだ半分過ぎの所でした。

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2012年6月10日 (日)

当尾の古道を歩く~ササユリやキヌガサタケ等を見る

 久しぶりにウォーキング仲間達と揃って「ふるさと散歩・6月」に歩きに行くことにしました。ところが昨日(6/8)から近畿地方は「梅雨入り」宣言、夕方からは雨が降り出しました。一夜明けて、ウォーク当日の朝の空模様は、曇天で今にも雨が降り出しそうな気配です。雨を予想してか、人々の集まりも芳しくなく、スタート時点での本日の参加者は20名弱と淋しいものでした。でもスタッフの人達も含め殆どが友人や顔なじみの人達で、気楽で楽しいウォークになりそうです。運悪く小雨も降りだしてきましたが、各自雨ガッパや傘をさして、行く気マンマン、元気に出発です。

★ふるさと散歩・加茂「当尾の古道を歩く」 6/9

 加茂駅前東口広場を横切る時に、いきなり気になる植物に出くわしました。

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 ワルナスビです。茎に鋭い棘がある毒草で、いったん繁殖すると駆除しにくいため、この悪名がついています。外来生物法により要注意外来生物に指定されています。最近では農地近くでは徹底して駆除されてしまい見掛けなくなりましたが、空き地や公園等で、うまく生き延びています。

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2012年3月 7日 (水)

藤堂高虎の足跡をたどる~伊賀街道を歩く

 藤堂藩(正しくは伊勢国・津藩)は安濃津(あのつ)藩とも呼ばれ、伊勢国(三重県)以外にも大和国(奈良県)や山城国(京都府)などに領地を持っていました。加茂町(当時の加茂郷・当尾郷・瓶原郷)も江戸時代は藤堂藩の所轄地でした。明治になって廃藩置県の混乱期には、加茂各村も、ほんの一瞬ですが、三重県に組み込まれたこともありました。すぐに京都府となりましたが…。伊勢国との繋がりは、今も町内を貫く伊賀街道の遺跡にその面影を偲ぶことが出来ます。今日は津藩の初代藩主である藤堂高虎の足跡をたどるウォーキングです。

★ふるさと加茂・散歩「藤堂高虎の足跡をたどる」 3/3

 いつも通り、JR加茂駅に集合です。昨日の雨も上がり、晴れ間も出てきました。参加者は5~60人位でしょうか。早速、近くの常念寺に向けて出発です。

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 常念寺は1495年加茂の船屋に創建されました。1620年代、徳川秀忠から大阪城修復を命じられた高虎が、ここ常念寺に30日間宿泊して石垣の切り出し作業の陣頭指揮をとったそうです。その常念寺も1712年の大洪水で流されて、現在の地に移りました。写真の本堂は平成8年の再建です。

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2012年2月 6日 (月)

加茂町内・古墳巡り

 加茂町には、現在確認されている古墳だけで36基あり、大半が6世紀以降に築造された後期古墳だそうです。毎年、山の樹木の葉が落ち、下草が枯れてなくなった1~2月頃に、「ふるさと案内・かも」の主催で「古墳めぐり・ウォーキング」があります。今年は 1/14に行われ、私も昨年に引き続いて参加しました。

★ふるさと案内・かも「当尾への古道沿いに古墳をめぐる」 1/14

 いつもの例会どおり、集合時間は9時15分。今回の集合場所は加茂駅東口広場前です。約60名の参加者がありました。

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 駅東地区の愛宕灯篭の横を通って、新川を渡り、美浪地区から新川沿いに草山古道(ながさか道)の山道に入っていきます。山道の樹木に巻き付けられた古墳登り口の目印であるビニールテープのあるところから、急な山の斜面を登っていきます。落ち葉で滑り落ちそうになりながら、約10分程で草ヶ山古墳に到着します。

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2011年12月30日 (金)

ウォーキング記録 (2011 その3)

イベント企画ウォーキングへの参加記録その3です。

(3)「ふるさと案内・かも」 3企画に参加

 私のお膝元・木津川市加茂町に拠点を置くボランティアNPO法人で、主に市外から加茂町を訪れる人達の観光案内の引き受けや、月1回のウォーキング会を主催されています。私は2年間しっかりと、この会のウォーキング会に参加して、自分の住む加茂の歴史とその良さを、そしてウォーキングと植物観察の楽しみを学びました。メンバーには博識者や勉強家が多く、とても頼りがいがあって、私の先生のような存在です。ただ、会の性格上、活動範囲が地域内に限られていますので、行き先も次第に繰り返しとなって固定化され、最近は気が向いた時だけウォーキングに参加するようにしています。

1月15日 「草山古道から森八幡宮へ」 9.6km
 このブログ名の「当尾(とうの)」の北寄りにあたるところです。当尾と云うと中・南部地区の岩船寺・浄瑠璃寺や石仏群が有名ですが、この北部地区にも古墳群や、森八幡宮の石仏=鎌倉時代の「毘沙門天と不動明王の線刻磨崖仏」など、見所もたくさんあります。

01コース概略:JR加茂駅(スタート)→草山古道(長坂道)→草山古墳登り口→東城樋→北下手公民館→森八幡宮→宝珠禅寺→当尾公民館→くぬぎ坂→常念寺→木津川市役所加茂支所(ゴール)。歩程9.6km。

3月12日 「銭司遺跡へ」 10.4km
 加茂町内を流れる木津川の右岸(国道163号線沿い)に銭司という所があります。日本で最古の流通貨幣として知られている「和同開珎」(わどうかいちん)の鋳造所が、ここから発掘されています。また江戸時代の京都ガイドブックとも云える「都名所図会」にも加茂の名所がいろいろと記されていますが、その一つ「菜切り石」のある名水・二ツ井をも訪ねました。菜切り石に由来する和束川に架かる「菜切橋」の東南側は、163号線の魔の急カーブとしてドライバーに恐れられていましたが、2010年12月に新しく湾漂山トンネルが完成して、安全快適な道に変わり、旧「菜切橋」も取り壊されてしまいました。

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コース概略:JR加茂駅(スタート)→恭仁大橋→東福寺前→井平尾・春日神社→名水・二ツ井(菜切石)→湾漂山トンネル→鋳銭遺跡→福田寺→妙見宮・本照寺→湾漂山トンネル→恭仁大橋→JR加茂駅(ゴール)。
JR加茂駅から銭司までの折返しコースで、歩程10.4kmでした。


9月24日 「彼岸花咲く瓶原の田園地区を歩く」  8.1km
 昨年は「平城遷都1300年祭」で奈良・平城京は大勢の観光客で賑わいましたが、聖武天皇はここ加茂にも都(恭仁京・クニキョウ)を置かれました。この恭仁京跡一帯はミカノハラ(瓶原、甕原、美加ノ原などと表記)と呼ばれ、木津川の昔の名称イヅミガワ(泉川)と並んで、和歌にもいろいろ詠まれています。最も有名なのは、百人一首に収められている中納言藤原兼輔の歌、「みかの原 わきて流るる 泉川(いづみがは) いつ見きとてか 恋(こひ)しかるらむ」ですね。

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コース概略:JR加茂駅(スタート)→恭仁大橋→木津川堤防→河原恵美須神社→恭仁神社→恭仁京国分寺跡→大極殿跡→恭仁大橋→JR加茂駅→木津川市役所加茂支所(ゴール)。歩程8.1kmでした。

(4)「天理市・てくてくてんり」 3企画に参加

 天理市観光課主催の企画で、ウォーキング以外にも、歴史講演会、植物観察会や野鳥観察会、農作業体験、「虫送り」などの地元行事への参加など、多彩な企画をされています。ただ、こちらも上記「ふるさと案内・かも」と同じく、地域限定型ですので、毎年同じ企画が繰り返されることが多いようです。

4月29日 「春の植物観察」 11.6km
 ウォーキングの道中で、目に止まった植物の写真を撮ってはみたものの、帰宅後、図鑑で調べてもネットで検索しても、さっぱり名前がわからないものが多過ぎます。この企画は植物専門講師の引率で、詳しい説明が聞けるので、私には必須ウォーキングです。

04コース概略:JR櫟本駅(スタート)→櫟本高塚公園→白川ダム→名阪国道(高架下横切る)→豊日神社→布留高橋→石上神社→天理本通り→JR天理駅(ゴール)。歩程11.6kmでした。

7月30日 「竜王山(登山)」 10.1km
 竜王山という名前の山は西日本各地に沢山あります。名前から推測できるように、龍王を奉り”雨乞い”をする山だそうです。天理市の竜王山も山中に龍王社があります。山の辺の道から見渡せる山の中では一番高く(586m)、頂上からの展望も素晴らしいと聞きましたが、当日は登山開始早々、雨が降り出し、頂上での昼食も傘を差しながら立食するという状態でした。でも15年ぶりに、勤務時代の尊敬する大先輩と遭遇し、一緒に登山出来たことが望外の喜びとなりました。

07コース概略:JR柳本駅(スタート)→黒塚古墳展示館→崇神天皇陵(行燈山古墳)→櫛山古墳→龍王山古墳群→長岳寺奥ノ院→藤井田龍王社→龍王山南城跡(山頂)→柳本龍王社→天理市トレイルセンター→JR柳本駅(ゴール)。歩程10.1kmでしたが、雨の登山となり結構疲れました。

9月18日 「記紀・山の辺の道」 11.5km
 2日連続の企画で、初日は天理市内の会館で文化と歴史についての講演会が行われ、2日目は初日の講師と一緒に現地講座ハイキング(当企画)となりました。行く先々の各地で、30分強の講演がなされ、内容の濃い企画でした。ただ現地に着いてから講演準備や講演などで毎回45分~1時間ほど時間をとられ、やや冗長的すぎて、時間の効率的な運営が望まれた企画でもありました。

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コース概略:JR天理駅(スタート)→天理本通り→石上神社(講演)→山の辺の道→永久寺跡→天理観光農園→夜都伎神社→菅原神社(講演)→衾田陵→大和稚宮神社(講演)→天理トレイルセンター→崇神天皇陵(講演)→黒塚古墳前→JR柳本駅(ゴール)。歩程11.5kmでした。

(5)「森とふれあう市民の会」 2企画に参加
 ウォークの親友が以前から参加していたので、秋から私も一緒に顔を出すようになりました。会の拠点は奈良県桜井市と、ちょっと遠いのですが、内容的には、ウォーキングに史跡や現地産業の見学を交え、かつ歴史や植物の専門家が同行しての適切な解説付きですから、すぐにお気に入りになってしまいました。11月から3月まで休みで企画がないのが、ちょっと残念です

9月25日 「山田道から飛鳥の里へ」 13.5km
 古墳や史跡、神社や寺院、資料館、寺社の修理建築を一手に引き受けている瀧川寺社建築さんや数珠の制作元・橋谷宝珠苑さん、本薬師寺のホテイアオイの大群落など、見るべきものが多かったので、解散(終了時間)が17時30分という長時間ウォークとなりました。向原寺では、ご住職のご好意で秘仏「金銅観音菩薩立像」(飛鳥時代後期作で、盗難にあい長い間不明だったが、昨年36年ぶりに発見され戻された仏像)を特別に拝観させていただきました。

09コース概略:JR桜井駅(スタート)→双築(ナミチク)古墳→安倍山城跡→土舞台→安倍文殊院→瀧川寺社建築→橋谷宝珠苑→小立古墳→山田公民館→山田寺跡→飛鳥資料館→水落遺跡→飛鳥埋蔵文化財展示室→甘樫丘・頂上→向原寺(豊浦寺跡)→甘樫坐神社→小墾田宮跡推定地→本薬師寺跡→近鉄畝傍御陵前駅(ゴール)。歩程13.5kmでした。

10月30日 「多武峰から細峠を越えて」 12.9km

 4月に友人達と多武峰・明日香ウォークに来て以来、半年振りの談山神社でしたが、紅葉はまだ少し早いようでした。松尾芭蕉も通った細峠ですが、今は訪れるハイカーも殆どいないと聞きました。でも雨の山中にはモミジガサやマムシグサ、ツリバナなどが見られ、ハナイカダの木にも何度も出会いました。また、日本では西日本の森林にしか住まないシーボルトミミズと云う30cmはある大きな、青い色のミミズにもたびたび遭遇しました。雨になるとミミズは地表に出てくるのですね。

10_2コース概略:JR桜井駅<バス>バス停・談山神社(スタート)→西門跡→良助親王墓→竜在辻→むかしの茶屋跡→細峠→鹿路公民館→鹿華苑→夢咲花(ペン工房)→天一神社→バス停・多武峰(ゴール)<バス>JR桜井駅。歩程12.9kmでした。
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(6)「国営飛鳥歴史公園」 2企画に参加
 国営飛鳥歴史公園が主催する3回シリーズの「古都・飛鳥散歩」だったのですが、「5/29 心のふるさと飛鳥の花めぐり」が台風到来で中止となり、実質2回の実施・参加となりました。明日香村で行われるウォーキング企画はどれでも、ガイドさん達が熟達されていて、いい勉強になります。この「古都・飛鳥散歩」は、私が5月に「飛鳥徹底巡り」をしようと思いつくキッカケとなった企画でした。

5月22日 「西飛鳥古墳群を行く」
 私の「5月飛鳥徹底めぐり」の第2回です。牽午子塚古墳あたりから雨が降り出し、益田岩船では豪雨に変わり、見学どころではなくなってきました。奈良県農民会館の軒下を借りて昼食となりましたが、天候急変で一旦解散となり、後半のコースは有志(参加者の半数くらい)のみで歩くことになりました。運よく途中から雨も上がり、国営飛鳥歴史公園まで無事帰着。「国宝・高松塚古墳壁画」の修理作業(一般公開最終日)の見学時間にもギリギリ間に合って、貴重な国宝壁画をガラス越しに目にすることが出来ました。

05コース概略:近鉄飛鳥駅(スタート)→国営飛鳥歴史館(受付)→ほうねん橋→岩屋山古墳→牽午子塚古墳→益田岩船→真弓鑵子塚古墳→奈良県農民組合→マルコ山古墳→春日神社・束明神古墳→岡宮天皇陵・素盞鳴命神社→近鉄飛鳥駅→飛鳥歴史公園館→近鉄飛鳥駅(ゴール)。歩程11.3kmでした。

6月5日 「万葉の歌碑めぐり」 8.8km

 「5月飛鳥徹底めぐり」の4回目企画は台風で中止となってしまい、これが5回目(最終回)の企画でした。今回は早めに飛鳥歴史公園まで車で行くことにして、イベント企画では予定に入っていなかった、中尾山古墳・高松塚古墳・文武天皇陵・キトラ古墳を、一人で当企画のスタート前に1時間半ほど足慣らしとして先に巡りました。その後、飛鳥歴史公園に戻って、当企画の受付チェックをして、皆さんと飛鳥に点在する万葉和歌の石碑を訪ね歩きました。

06コース概略:国営飛鳥歴史館(スタート)→天武・持統天皇陵→亀石→川原寺(葉歌)→飛鳥橋(歌碑)→弥勒石→甘樫丘豊浦休憩所→甘樫丘中腹(歌碑)→豊浦寺跡(向原寺)→飛鳥川・雷橋付近(歌碑)→飛鳥川(歌碑)→川原駐車場→野口駐車場→鬼の雪隠→飛鳥歴史公園館(ゴール)。当企画だけの歩程は8.8kmでした。先に一人で回った歩程も合算すると、約13.0kmのウォーキングとなりました。

(7)「その他の企画」 1企画に参加

2月22日 「太子道をたずねる集い」 18.0km
 法隆寺が春と秋の2回実施する珍しいウォーキングです。春は聖徳太子の命日である2/22に実施されます。輿に乗った聖徳太子像を先頭にして、太子の亡くなられた奈良・斑鳩から、太子の御廟がある磯長・叡福寺(大阪府太子町)まで歩きます。途中、自動車の往来が激しく歩行が危険な穴虫峠付近の区間はバスに乗り換えました。また叡福寺がゴールとなりますので、奈良方面へは法隆寺に帰るバスも用意されており、友人と途中のJR王寺駅で下車し、JRに乗り換えて帰宅しました。

Photoコース概略:JR法隆寺駅(スタート)→法隆寺南大門(受付)→藤ノ木古墳→龍田神社→吉田寺前→大和川・昭和橋→王寺町役場前→達磨寺→芦田池→尼寺廃寺→正福寺→志都美神社→高山台1丁目<バス>春日北→太子町役場→叡福寺(聖徳太子御廟)→太子和みの広場(ゴール)<バス>JR王寺駅。バス乗車区間を除く実質歩程は約18.0kmでした。

以上が、2011年に私が参加したイベント企画ウォーキング(その1~その3)です。友人達や個人で歩いた記録は次の機会に整理したいと思っています。