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カテゴリ「京都いろいろ」の44件の記事 Feed

2016年5月22日 (日)

京街道 八幡から枚方へ

★シルバー健康ウォーク5月例会 「京街道 八幡から枚方へと歩く」 5/13

 今月の例会ウォークは、京都府から大阪府へ、淀川左岸沿い=京阪電車沿いに歩きます。京街道あるいは大坂街道と、かつては呼ばれた道ですが、今は新興住宅街となっていて、昔の面影は殆ど残っていません。今回のウォークは見るべき史跡などもないなぁと思っていたところへ、当日は、雲一つない快晴です。これではコンクリート道路の照り返しを受けて、ただただ汗水流して街路を歩くだけとなりそうです。

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 JRから京阪へと乗り継ぐと、京阪電車の「「in KYOTO, on KEIHAN」の舞妓さんシリーズ広告に久しぶりに出会いました。京都らしい広告です。「きょうは、どこいこ、京阪で」

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2016年5月14日 (土)

宇治市植物公園 ① ~ 熱帯植物

 山友さんたちと気分転換を兼ねて植物園に遊びに行きました。いつも観賞無料の自生種の山野草ばかり見ているので、お金を払って花を見るのは久しぶりです。その分、普段見られない熱帯植物などの珍しい花を見ることが出来ました。でも写真に撮ったのは「花より団子」ならぬ「花より果実」でした。

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 カカオノキ(カカオの木)。カカオノキは樹高5-10mほどの常緑樹です。興味深いのは幹や枝に直接花が咲き(幹生花と云う)、当然のことながら、果実も幹に直接付きます(幹生果と云う)。温帯植物には、このような性質のものはなく、熱帯植物にだけ見られる特徴だそうです。

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2016年1月27日 (水)

京都の開運寺社巡り

★JR東海さわやかウォーク@関西 「京都発2016開運ラッキー7寺社巡り」 1/23

 JR東海が主催するウォーキングには、確か2回目の参加です。京都駅の在来線はJR西日本ですが、東海道新幹線はJR東海の管轄です。JR東海ウォークは、近鉄フリーハイクなどと同様に参加費無料で、出発地点で地図を貰えば、あとはフリーハイク形式です。参加者には名古屋や東海方面から来る人もいて、要所にはJR東海のスタッフを配置したり、各種サービス(土産品購入など)の優待割引券なども添付されていたりして、仲々キメ細かい対応をしてくれます。それに比べて、JR西日本のJRハイクは、JRの名前を貸しているだけで、実際の主催者は各地のウォーキングクラブなどで、自分たちの金稼ぎ(参加費徴取)のためにやってるのではないかと疑いたくなる企画も混在しています。このあたりはJR東海や近鉄など私鉄各社のウォークが、一歩も二歩も先を行ってる感じです。以前にJR東海ハイクに参加した時には、何か月かに1回の割での関西地区ウォークだったように思っていたのですが、本日もらったJR東海のウォーク・パンフレットには1-3月だけでも5回の関西実施企画がありました。

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 今回のウォーク参加受付は、8時半から11時までの間に、新幹線京都駅八条口東口で行われました。JR東海さわやかウォーキングのゆるキャラ「あゆむ君(亀)」が出迎えてくれるなか、9時半に受付を済ませ、ウォーク・スタート地点である鞍馬口駅まで市営地下鉄で移動です。

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2016年1月15日 (金)

新選組ウォーク ②

 会津藩や新選組は、新政府(明治政府)から徹底的に悪者に仕立て上げられました。中国や韓国が「反日」を掲げることで、民衆の支持と団結を得るために利用しているように、会津藩や新選組を徹底的に「朝敵」とか「逆賊」とか呼ぶことで、新政府を自賛して正当化し、一般民衆を恭順させてしまいました。この策略の張本人は、朝廷から追い出され洛北に蟄居させられていた下級公家の岩倉具視(孝明天皇暗殺の黒幕と云われる人物)です。「錦の御旗」を用いる策略に出て、そのために、寺の住職(仁和寺門跡)となっていた皇族の一人、仁和寺宮嘉彰親王(のちの小松宮彰仁親王)をかつぎ出します。日本では、昔から誰も天皇や皇族、皇居等には手を出さないと云う不文律があります(唯一の例外が、孝明天皇が居られる御所を砲撃した長州藩だけだったことは前回に述べました)。岩倉の策略の錦の御旗で、徳川幕府側の藩主も武士も庶民も、「錦の御旗には逆らえない」 として誰もが恭順してしまい、会津や桑名、新選組や彰義隊に手を貸すものはありませんでした。冒頭に記しましたように、特に新選組や会津藩に対する仕打ちはひどく、まるで見せしめそのものでした。長州藩は、鳥羽伏見の戦いで亡くなった会津藩や新選組の戦死者を収容・埋葬することさえ禁じ、いつまでも野ざらしにしたままでした。見るに見かねた京都の侠客・会津の小鉄が部下たちと、夜な夜な警備兵の目を盗んでは、一つづつ遺体や遺品を拾い上げては、会津藩の本陣であった東山の金戒光明寺に運び込み、遺体は寺で埋葬してやり(会津藩墓地が残っています)、遺品を調べては会津の遺族に送り届けてやっています(長州藩に比べて、なんという人間性の違いでしょう)。

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 島原の北、坊城通り五条下がるにある 新選組記念館。新選組を愛する人の個人博物館です。

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2016年1月13日 (水)

新選組ウォーク ①

★シルバー健康ウォーク1月例会 「新選組ウォーク」 1/8

 今年最初の例会は、私の大好きな「新選組」を訪ね歩きます。午前10時、JR京都駅からスタートです。

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”事あらば われも都の 村人と なりてやすめん 皇御心(すめらみこころ)” 新選組局長 近藤勇
 京都駅のすぐ近く、堀川通塩小路を少し下がった所、リーガロイヤルホテル京都の入口前に建つ近藤勇の歌碑です。近藤の和歌?と驚かれるかも知れませんが、武士が和歌等を詠むのは当たり前のことで、土方歳三も和歌や俳句を沢山残しています。新選組は京都(孝明天皇)の治安を守る、幕府直轄の警察部隊(精鋭武士集団)です。後世には勤王の志士なんておだてられた薩長の人斬り脱藩浪人たちとはわけが違います。それはさておき、何故リーガロイヤルホテル前に近藤勇の歌碑が建てられているのでしょうか? 新選組は当初(文久3年=1863)から壬生(みぶ)の八木邸を中心に屯所を構えましたが、人数が増え過ぎたので、慶応元年(1865)2月には、西本願寺(太鼓楼と西集会所)へ屯所を移します。しかし、ここは防備面に難があり(加えて本願寺は長州藩と縁が深かったこともあり、寺の方から出て行ってほしいと暗に要望したようで)、慶応3年(1867)春には不動堂村と云われる場所へ屯所を移します。賢い土方歳三は、本願寺と交渉し、新屯所の建築費用をすべて負担させています。ここは約1万㎡という広大な屯所で、一度に30人が入れる程の大きな風呂も備えていたそうです。しかし、この時、思いもかけぬ「大政奉還」となり、薩長を中心とした倒幕勢力が起こした政変「王政復古の大号令」が発せられ、世の中は一転します。新選組は僅か6か月で 不動堂村屯所 を出て、伏見奉行所へ転出、鳥羽伏見の戦いへと突入していきます。この3番目の「不動堂村屯所」の場所が今となっては明確でなく、①リーガロイヤルホテルあたり、②ハトヤ瑞鳳閣(ずいほうかく)あたり、③不動堂明王院あたりと、と諸説ありますが、3つとも、大雑把には同じような地域です。
という訳で、今回はリーガロイヤルホテル前の近藤の歌碑が置かれている所を、不動堂村屯所跡として訪ねました。不動堂村屯所は、七条通から塩小路通りにかけて~洛中の南西に~あったことは確かです。

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2015年10月 2日 (金)

日本酒サミット2015 と 東山散策

 シルバーウィークなど多くの皆様が休暇を楽しまれる時は、サンデー毎日の身である小生は、皆様のお邪魔にならぬように、出来るだけ自宅や近くの里山で時間を過ごすことにしています。そんな中、一昨年スタートした日本酒サミット2015が、9/22に行われることを知って、人出の多い中、親友と行くことになりました。当日は、サミット集合時間(14時30分)に、現地で親友と待ち合わすことにして、私は朝から京都へ出て、久しぶりに東山界隈を歩くことにしました。

★日本酒サミット2015 9/22

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 JR京都駅に朝10時半に到着。予想通り、駅前のタクシー乗り場は長蛇の列が出来ていました。これでは、東山界隈の三十三間堂や清水寺や八坂神社などの観光地は、大混雑間違いなしです。出来るだけマイナーな所を選んで歩くことにしました。

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2015年9月 3日 (木)

伏見の名水(酒)と維新の残影を訪ねる

 あれだけ暑かった日がウソのように涼しくなりましたが、今度は、秋雨(あきさめ)の連続で、仲々外出できる日がありません。酒蔵を訪ねる半日フリーウォークがあり、当日の朝、天気予報を確かめると、曇り空だが午後3時頃までは天気は持ちそうとのことで、ザックとカメラとGPSの、My3種の神器を持って京都へと向かいました。

★近鉄ハイク 「冷や冷や夏呑みハイキング 伏見の町並みから斉藤酒造・英勲」 8/29

 受付開始時間9時ちょっと前に、近鉄・桃山御陵駅に到着、すぐにコース地図を受け取りスタートです。
お稲荷さん、鳥羽伏見の戦い、酒どころとして有名な伏見の地。名水が湧き出る地であることから、かつて「伏水(ふしみ)」と呼ばれ、その名水を使った酒の製造が今日も盛んに行われています。今日は個人的関心事に的を絞り、その伏見の名水(酒)と維新の残影をチェックしながら歩いてみました。

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 大手筋通りを東に向けて歩きます。駅からすぐ近くの 御香宮(ごこうのみや)神社 に入ると、本殿前左手に湧出する 御香水 です。御香水は桃山の伏流水で、伏水(伏見)の地名の起こりとされ、現在でも、この水を汲みにここを訪れる人が絶えません。昭和60年(1985)に、環境庁「名水百選」に認定されました。

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2015年4月12日 (日)

京都観桜ウォーク ~ ② 八幡・背割提

 伏見・三栖閘門から宇治川堤防上の歩道を歩き、淀・八幡(やわた)方面に向かいます。

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 宇治川堤防とクロスする、阪神高速道路・京都線や国道1号線の鉄橋の下を通り抜けると、しばらくは京阪電車本線と並行しながら歩きます。京阪2400系 淀屋橋行き準急電車です。

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2015年4月11日 (土)

京都観桜ウォーク ~ ① 伏見・宇治川派流のサクラ

 今年の桜は、開花から満開まで稀に見る早さで推移しました。しかも天候は、春特有の「花曇り」を通り越して、連日降雨が伴う、行楽には最悪のパターンでした。定例の健康ウォークも先月で終了。終了時には仲の良かった有志たちで、今後も定期的にウォークを楽しむことを約束し、第1回は4/3に行おうと日程だけ決めて別れました。

★健康ウォーク有志会 「伏見から淀へ 観桜ウォーク」 4/3

 半月程前に企画連絡が来て、”背割提の桜” を見に行くことになりました。天気予報では、4/3は午後から雨とのことでしたが、雨でも決行するむね再連絡があり、当日は傘をぶら下げて、集合地である近鉄・桃山御陵前駅へと電車で向かいました。24名が集まりました。

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 伏見・大手町商店街のアーケードを抜け、竜馬通り商店街を下ります。

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2015年3月22日 (日)

ラストウォークは 嵯峨野を散策

★相楽健康ウォーク 「嵯峨野路を歩く」 3/6

 いよいよ、この会のラスト・ウォークを迎えました。最終回の今回は、京都の太秦(うずまさ)から嵐山周辺の、いわゆる嵯峨野を歩きます。コース界隈には有名寺院など観光地が点在しています。勿論ウォークなので、内部拝観はいたしませんが、遠足気分で、楽しみながら歩けそうです。

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 当日は京都駅で嵯峨野路線(山陰線)に乗換えです。京都駅31番線ホームで発車待ちの天橋立行き特急電車「はしだて1号」です。381系のいわゆる「振子式電車」で、重心を低くするために屋根上にはパンタグラフ以外は置かず、冷暖房装置等は床下に設置されていますので、屋根の上がスッキリしています。カーブ区間の多い線区に配備され、中央線の「しなの」、紀勢線の「くろしお」、伯備線の「やくも」が代表的な列車でした。この「はしだて」は「くろしお」からの転用です。

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2014年12月16日 (火)

鞍馬から大原へ

★相楽健康ウォーク「鞍馬から大原へ」 12/5

 この会としては二年ぶりの鞍馬・大原方面のウォーキングです。もう少し早ければ紅葉真っ盛りだったでしょうが、今更それは望めそうもありませんので、今回は歩くだけがメインとなりそうな企画です。加えて今日からは特に冷え込みが厳しくなるとの天気予報です。セーター・手袋など防寒衣を忘れぬようにして、集合地の京阪・出町柳駅から、叡山電鉄・鞍馬駅に向かいました。

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 鞍馬はご存知の通り、源義経が幼少時代に預けられた所です。鞍馬駅の待合室には、義経の一生を辿る絵画が掲示されていますが、これは、月岡芳年の晩年の作「舎那王於鞍馬山学武術之図」です。夜毎、鞍馬山山中の僧正ヶ谷で、大天狗である僧正坊から剣術、武芸、兵法を学ぶ舎那王(牛若丸)の姿です。ちなみに、日本には色々な天狗がいますが、有名なのは江戸時代中期に書かれた「天狗経」に登場する四十八天狗です。更に抜き出たのが八天狗~愛宕山太郎坊、比良山次郎坊、飯綱三郎、鞍馬山僧正坊、大山伯坊、彦山豊前坊、大峰山前鬼坊、白峰相模坊および別格の石鎚山法起坊~です。この八天狗は高い鼻を持ち、大天狗と呼ばれます(それ以外は、烏の嘴を持った小天狗で、カラス天狗とも呼ばれます)。大天狗の中でも最も強大な力を持った大天狗が、鞍馬山の僧正坊です。

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2014年12月11日 (木)

山科散策 ④ ~ 随心院

 勧修寺の見学を終え、バスで 随心院(ずいしんいん) まで移動です。随心院は、京都市山科区小野と云う地区にある門跡寺院です。小野と云う地名は、平安時代に栄えた小野一族の本拠地であったことに由来します。大和朝廷の使者として(遣隋使として)2回も中国に渡った小野妹子(いもこ)、平安時代にあの世とこの世を行き来したと云う霊界の主・小野篁(たかむら)、同じく平安時代に和様書道の基礎を築いたと云われる小野東風(とうふう)などを輩出した名門です。随心院は小野一族の中でも、最も世に知られている 小野小町ゆかりの寺 です。

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 随心院の正門である薬医門。かつては時代劇映画の大名屋敷などに良く使われたロケーションです。勅旨門ですから、拝観は左隣の通用門から入ります。

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2014年12月10日 (水)

山科散策 ③ ~ 勧修寺

★木津川市公民館講座 「歴史散策~宇治・山科#4」 12/4

 最終(第4)回の歴史散策は、山科区内の2つの古刹、醍醐天皇開基の門跡寺院である勧修寺(かじゅうじ)と、小野小町のゆかりの寺である隋心院(ずいしんいん)を拝観します。第1回から第3回までは、秋晴れに恵まれて歴史探索のみならず、紅葉見物もたっぷり楽しめました。しかし今回は朝からの降雨で、午後3時頃まで降り続くとの予報の中、木津川市の専用バスに乗って山科に向かいました。まぁ今日は寺院の拝観が殆どですから雨も気になりません。

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 途中、山科小栗栖の 明智光秀の胴塚 前で停車し、雨の中サッと降りて、胴塚だけ見て再びバスに乗り込み、勧修寺の駐車場で下車となりました。勧修寺見学は後回しにして、傘をさして、周辺4km程を散策しました。中臣遺跡に立ち寄り、そのあと坂上田村麻呂の墓を訪れました。*明智光秀の胴塚についてこちら をご覧ください。

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2014年11月26日 (水)

山科散策 ② ~ 醍醐寺

 この日は午前中に平重衡塚を訪ねることが出来、「私的には大満足で、もう帰ってもいいくらい」でしたが、午後は醍醐寺を自由見学する事になりました。

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 午前中訪ねた平重衡塚のある公園で早めの昼食をとりましたので、醍醐寺総門 の前に12時に到着しました。今から15時の集合時間まで3時間の自由見学となります。醍醐寺境内では、三宝院、醍醐寺、宝物館の3箇所が有料で、個々に入りますと拝観料は各¥600です。3箇所通し券なら¥1500に、2箇所通し券なら¥1000の割引料金になります。見学時間との関係もあり、殆どの人が2箇所通し券を購入、私も右へ倣えです。

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2014年11月25日 (火)

山科散策 ① ~ 法界寺 並びに 平重衡

★木津川市公民館講座 「歴史散策~宇治・山科#3」 11/20

 第3回目の歴史散策は、山科(やましな)を巡ります。山科と云えば大石内蔵助の討入りまでの隠棲地として知られていますが、山科と云う地名は、行政区画的には京都市山科区と京都市伏見区の両方にまたがる地域の総称で、今回の訪問地区は伏見区です。

<法界寺と日野家とのこと>

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 いつものように当地から木津川市の専用バスに乗り込んで、スタート地点の法界寺の駐車場で降車です。法界寺と云う名前よりも、石標にも記されていますように「ひのやくし(日野薬師)」と云う方が、名前は一般的なようです。

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